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■はじめに (1998/09/21)
巷では冷たい不況の風が吹きすさび、なかなか元気の出ない毎日が続いている。これまで当たり前だった世の中のいろんな事柄について、考え方を改めてみる時期にきているのかもしれない。日々の報道からは、景気の先行きについての明るい話は聞かれないが、それでもまだ絶望的というわけでもなさそうだ。政府や業界の動き、特に経済に関わることに対しては、世論は敏感に反応する。その筋の専門家から一般ピープルまで、まさに一億総エコノミストとなって論評しきり。これはそこにまだ希望があるから、経済が生活に密接なものとして前向きに捉えられているからかも知れない。
さて、「生活に密接なもの」というよりは「命に関わるもの」としてとても重要なことがある。それは空気や光や水、つまり我々を取り巻いている地球環境である。ひとくちに地球環境と言ってもそれはとてもスケールの大きな概念だ。私たちの全ての活動、つまり政治も経済も戦争も平和も含めた全てのものは、この前提の上に成り立っているといって良い。大きすぎて、よく分からない。嬉しい、悲しいや、お腹が空いたということと違って実感すること自体が難しい。
ところが今、よく知られているように、その地球環境に異常が見えはじめた。大きすぎて実感することが難しいのに、とにかく良くないことが進行しつつあるようだ。不景気のようにいつかはきっと脱出できそうなことではない。放置しておけば確実に悪くなる、かなり真剣に、しかも一刻も早く対処する必要のあることばかりのように思える。
この「GAIA通信」では、今、地球に起こっていることを少しでも身近に感じることができるよう、少しずつ整理して眺めてみたい。「GAIA(ガイヤ)」とはギリシャ神話の地の女神で、母なる大地、つまり「地球」を象徴する言葉である。イギリスの科学者ラブロック(J.E.Lovelock)は1972年、「地球の環境は地球上の生命圏と一体化しており、両者はひとつのシステムとして進化する」というGAIA仮説を提唱した。これはその後「地球は一個の意志を持った生命体」だと拡大して解釈されるようになり、今ではエコロジー運動の象徴的イメージとしてよく聞かれるようになった。
地球環境のことについてはTV、新聞などを通じ、我々は日頃から多くのことを見聞きしている。温暖化のこと、オゾン層のこと、そして最近では化学物質による生殖異常のこと。その知識量は恐らく10年前の数倍に増えたのではないだろうか。
しかし、知識が増えたことで何かが変わっただろうか。毎日毎日、ダイオキシンや環境ホルモン、ゴミ問題や酸性雨といった言葉に触れて「良くない」と思っても、それがどういうことなのか、我々はリアルにイメージしているだろうか。そういうことと自分の日々の暮らしとは、何か別の世界の出来事になってはいないだろうか。
地球環境の変化は確かにスローペースである。それはあたかも、ごく緩い坂道を何かがこちらに向かってゆっくりと転がってきているよう。でも問題は、その転がってきているものが軽い張りぼてではなくて、鉄の塊だということだ。抗うことが不可能なほどの力で迫ってくる。「スローペース」ということも疑問である。それは地球や人類の歴史にくらべればとてつもなく急激な変化、しかも加速度的な変化なのだ。
環境問題のバイブル「成長の限界」の中に、次のような挿話がある。
「あなたは池を持っていて、そこで水蓮を育てています。その水蓮の葉は毎日2倍に成長し、30日で池を覆い尽くして池の魚を窒息させてしまいます。でもあなたは、長い間、水蓮が小さかったので、それが池の半分を覆うまではそのままにしておこうと考えています。さてその、池の半分が覆われる日というのは何日目にやってくるでしょう?また、全ての葉を取り除くのに3日かかるとすれば、あなたはこの池を救えるでしょうか?」
最初の答えは29日目。池を救う時間は一日しか残されていない。これが加速度的な変化のマジックである。地球環境の変化はわずかでスローに見えるが、その形は幾何級数的なのだ。
理屈は分かるが実感しにくいこと、それが地球環境問題の特性である。「そんな大袈裟な」とか「そんなことがあるものか」と簡単に結論付けずに少しずつイメージして行きたい。よく言われるように、知識よりも知恵、知っていることより解っていることの方が大切なのだから。◇
→《No.2》へ
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